2010年06月30日

アメリカの労働組合との交流を報告~労働ゼミナール最終回


rouzemi.6.25.JPG 6月25日、春闘共闘主催のながさき「労働ゼミナール」の第4回が開催され、NPT再検討会議ニューヨーク行動に参加した鳥巣事務局長と建交労の藤原書記長が、現地労働組合との交流を中心に報告しました。
 ピッツバーグコースの鳥巣さんはUE(米電気・無線・機械労組)、SEIU(国際サービス従業員労組)ピッツバーグ支部、宿泊先ホテルの労組、ニューヨークの自治体労組と交流し、アメリカは日本よりも「大企業中心社会」で、労働法制も不十分と痛感したと報告。平和運動についてUEの人から「あなたたちの日本でのたたかいが、私たちを励ましている」と言われ感激したと話しました。
 シカゴコースの藤原さんは、メーデー発祥の地で、労働運動の歴史ツアーや全労連記念プレート除幕、10万人のメーデーなどに参加したことを報告、ニューヨークでは、日本の690万筆署名の積み上げ作業にも加わったと話しました。
 長崎市従組の代表として参加した藤田さんと上原さんも活動を報告しました。「ニューヨークのパレードが道路の半分に交通規制された。アメリカのメディアがこの行動を報道しなかった。アメリカでメーデーが開催されている所はシカゴだけ。アメリカの労働組合は平和の課題をとりあげない」など、意外な話も聞けた貴重な報告会でした。

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2010年05月24日

NPT行動 報告


シカゴメーデー.JPG
労働者のたたかいの歴史を学び、
メーデーを祝う


建交労長崎県本部 藤原由紀子

 私は、全労連の仲間達を中心としたシカゴ・ニューヨークコースに参加しました。シカゴの労働組合との交流の中で、闘いの歴史を学び供にメーデーを祝いました。シカゴに二泊した後ニューヨークに移動し、パレードはもちろんのこと、ここでも「全労連・アメリカ反戦労働者連盟交流集会」と、新婦人の会主催の「女性の交流会」などに参加しました。

メーデー発祥の地シカゴ
はじめて降り立ったアメリカは、夜のシカゴでした。アメリカ電気・機械・無線労組UEのカール ローゼンさんに、陽が落ちてしまったシカゴの中心街を案内して頂きました。歴史を感じさせるビルや超近代的なビルが整然と立ち並び、美しいチューリップがいたるところに植え込まれた町並を散策しました。同じ大都市のビル街でも東京のようなきらびやかな照明が無く、ビルの窓からもれるオレンジ色っぽい明かりがとても美しく、落ち着いた雰囲気をかもし出していました。成田空港で顔合わせや出国審査などで2時間半過ごした後、11時間半の飛行機の旅、入国審査に要した2時間半、シカゴ観光に3時間半をこなし、疲れきってホテルのベッドにもぐりこんだのは午前2時でした。

メーデーの歴史を語り継ぐ
シカゴ二日目は「労働運動の歴史ツアー」でした。シカゴは8時間労働を求めて米国労働者が立ち上がった、メーデー発祥の地です。昨年、家具製造工場閉鎖をやめさせるなど大きな闘いを展開した米電気労組(UE1100支部)の3名に、ツアーの案内役を務めて頂きました。
ヘイマーケット記念像.JPG
1886年5月1日にアメリカで最初のメーデーが行われ、その直後ヘイマーケット広場で過酷な労働条件の改善を求めて、労働者による平和的な集会が開かれました。この集会は、犯人不明の爆弾投下をきっかけに警察による発砲事件に発展し、多くの労働者と数人の警察官の合計30人が死亡する事件となり、マスコミにより労働者の暴動と大きく報道されました。容疑者として捕らえられたアルバート・パーソンズをリーダーとする労働運動指導者8名のうち1人は15年の刑、2人が終身刑、5名が絞首刑という判決が、証拠不十分のまま確定しました。死刑確定の5名のうち1人は拘置所で虐殺され4名が死刑に処されました。これがヘイマーケット事件です。4名の公開処刑の時、アルバート・パーソンズ氏は労働歌を歌いながら死刑台に向かったということでした。後の1893年、イリノイ州知事が、8人に罪は無かったと宣言しました。

祈念碑に全労連名盤.JPG この事件をきっかけに、5月1日のメーデーが全米に広がり、やがて世界中で行われるようになりました。しかし、このような労働者の闘いの歴史は、教科書には載るもののアメリカ人の多くが知らず、アメリカ労働歴史協会が、この悲惨な事件を中心に労働運動の歴史を語り継ぐ運動に取り組んでいます。
ツアーでは、労働運動の記念碑や墓地のほか、ゆかりの地を見学しました。
午後から、米電気労組UE事務所で、全米に報道された昨年の闘いについて詳細な報告を受けました。この支部の闘いは、マイケル・ムーア監督による映画にも取り上げられました。全員解雇の危機を260人の組合員が団結して数週間職場を占拠。世論と団結を力に背景資本の大手銀行と渡り合い、経営存続と雇用継続を勝ち取りました。この闘いはマスコミにも大きく報道され、オバマ大統領も支持を表明しました。
夜には、デポール大学での、「パネルディスカッション-メーデー120年」に参加。パネラーの反戦活動家、反戦ベトナム帰還兵、小松全労連副議長、原水協の沢田代表理事などにより、戦争にまつわる多くのことが語られました。

パレード出発前.JPG
シカゴメーデーに参加
メーデー発祥の地シカゴのメーデーに参加できたこともすばらしい経験でした。私を含む全労連の代表は、日本からの参加者として壇上に上がり、たくさんの歓迎の拍手に迎えられました。これまで日本で毎年参加したどのメーデーよりも、スケールもみなぎる熱気も比べ物にならないほどでした。組合の呼びかけで参加したと言う感じはまったく無く、全員が参加したくて、声を上げたくて参加していると感じました。
後で聞いたところによると10万人によるメーデーだったとか。ただただ驚きでした。

690万筆の署名を積み上げ

署名を囲んで.JPGニューヨーク行動は、充実感と達成感を感じるものとなりました。建交労の5名は、幸いにも国連本部前の広場にトラックで運ばれてきた690万筆の核廃絶署名を積み上げる作業に加わる事ができました。この作業は、全労連傘下の労組から参加している若い人達に呼びかけられたものでした(私は若くありませんがくっついて行き、一箱だけでしたが運べました)。日本中の方達が核兵器を世界中から失くしたいとの思いで一人ひとりに声をかけ集めた一筆一筆がここに結集していると思うと胸がふるえる思いでした。四ヶ月かけて平和公園に立つなどして集めた1000人分の署名も若者達の手でトラックから下ろされ国連前のハマーショルド広場に積み上げられました。「私が国連に届けます」「お願いしますよ」の会話を交わした多くの人たちの顔を思い出しながら、国連で話し合う世界各国の代表者は、この690万筆の重みをしっかりと受け止めてほしいと強く思いました。
その後パレード出発地点に移動しました。

ニューヨーカーとも声をあわせてパレード
パレードの前段、秋葉広島市長に続き壇上で演説した田上長崎市長の顔が見える位置で全労連が用意した横断幕を持ち、女性部が用意してくれた、横断幕にもなる手作りポンチョを身にまとってパレード出発を待ちました。
さあ出発です。隣で横断幕を持つ小松全労連副議長と、シュプレヒコールしようと話し合い、思いつきのまま「ノーモア広島・ノーモア長崎・ノー ウォー」と叫びました。これに全員が唱和をはじめ、やがて熱い連帯となり、一緒に歩いた幼い子供を連れたアメリカ人家族など、たくさんの現地の人達も声を合わせ、あっという間に到着地点に着いてしまいました。
通りいっぱいに広がって行進できなかった事がとても残念でしたが、ニューヨークのタイムズスクエア付近から国連本部近くまでの約2キロを1600人の日本の仲間と、世界中の核廃絶を願う仲間達とパレードした事は、生涯の思い出となりました。暑い日差しの中、2時間近く立ちっぱなしで行進を待ったのは少々辛かったのですが、この行動に向けて取り組んできたこれまでの思いを、十分に発揮できた2キロの行進でした。
到着地点の、積み上げられた署名の前で待っていた日本共産党委員長の志位さんと記念撮影ができた事も貴重な思い出です。
志位さんと.JPG

反戦労働者連盟交流集会で発言ニューヨークでの「全労連・アメリカ反戦労働者連盟交流集会」は、国際サービス労組(SEIU)1199支部講堂で行われ、この交流会で私は、被爆者である母の体験と、被爆二世としての不安や苦しみ訴える発言を行いました。
キング牧師ゆかりのリバーサイド教会での公開シンポジウムや、最終日の、新婦人の会主催の「女性の交流会」にも参加しました。

米電機労組との交流.JPG
口に合わない食べ物には辟易でしたが、ハードなスケジュールの合間を縫って、ミシガン湖のほとり散策や、シカゴでのジャズコンサート、国連本部見学、ワールドトレードセンター跡地見学、ブロードウェイでのミュージカル鑑賞など、中身のぎゅっと詰まった8日間でした。
反戦労働メ連盟交流会での発言.JPG
私を代表として送り出してくれた建交労女性部の皆さんに心から感謝したいと思います。8日間で学んだ労働運動や平和運動を基礎にして運動をさらに発展させたいと思います。

国連本部 会議風景.JPG


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2010年05月06日

帰国しました

無事、成田に着きました。
20100506_192.jpg

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アメリカ出国します

ミネアポリスです。成田に向かいます。
【現地時間5月5日14:11】←NYと違う時間帯です
20100505_186.jpg

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2010年05月05日

ニューヨークを発ちます

こちらは5日の朝を迎え、ニューヨークのホテルを離れました。JFKからミネアポリス経由で成田に向かいます。合計14時間以上を空で過ごします。
【現地時間5月5日8:14記】
20100505_183.jpg

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核兵器なくそう•世界青年のつどい

現在、「核兵器なくそう•世界青年のつどい」に参加しています。

本日をもってニューヨークでの諸行事は終了です。
明日以降は、コースごとに帰国、または他都市へ移動となります。

筆者の所属コースは、明日朝早く、帰国の途につきます。
【現地時間5月4日17:18記】


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自治体労働者平和のつどい in NY

4日午後は、14時から自治労連主催の「自治体労働者平和のつどい」が行われています。
先ほど、長崎市の田上市長と吉原市議会議長が来賓としてみえられました。
後ほど、広島市の秋葉市長と市議会議長がいらっしゃる予定です。
自治体労働者平和のつどい.JPG市長、議長と.jpg

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2010年05月04日

公開シンポジウム

16時から、公開シンポジウム「核兵器禁止・廃絶のプロセスをいかに踏み出すか―政府代表とNGOの対話」が開かれています。
筆者は、DC37との懇談に最後まで参加していたので、こちらの方は遅れて参加。
リバーサイド教会と言えば、公民権運動ほか、歴史の舞台にたびたび登場する教会だそうです。巨大な教会ですが、座席は参加者でほぼ満席、現在、会場からパネリストへの質疑応答が行われています。
リバーサイドチャーチ.JPGシンポの様子.JPG

posted by nagasakikenrouren at 07:18| NPT要請団 | 更新情報をチェックする

DC37

午後は、13時からニューヨーク市最大の労組(米国州・群・市職員組合37地区:DC37)を自治労連の70人で訪問し、懇談しています。
後ほど、各県から持ち寄った折り鶴などを贈呈する予定です。

組合HP:http://www.dc37.net/

【現地時間5月3日(月)14:10】

DC37.JPG

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2010年05月03日

日米の反戦労働組合が交流

5月3日(月)になりました。
NPT再検討会議が始まる日。
ニューヨークは、週明け平日(ゴールデンウィークではありません)の朝を迎えています。

わたしたちは現在、全労連とアメリカ反戦労働者連盟の交流集会に参加中です。
日米の労働者が、戦争のこと、平和のことを語り合っています。
【現地時間5月3日(月)10:33記】
全労連・米反戦労働者連盟交流集会.jpg

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